平畑父遺言を書く1 問題点と条件を洗い出した

(お断り 本連載は事実を元に作ったフィクションです。)

「平畑父遺言を書く」は私の実父・平畑父が自筆証書遺言を書くまでのお話です。
今日は、私が父に相続対策が必要であることを自覚してもらい、クリアしなければならない課題を明らかにしたところまでを綴ります。

平畑家の紹介

平畑家は、病弱な父、頼りない平畑母、岡田妻、病弱な平畑弟の4人家族です。
現在、岡田妻を除く3人が支えあって共同生活しています。
平畑父の財産は古い住まい(52円)と預貯金少し(45円)とお遊び程度の株(約3円)、平畑母はそれよりもさらに少ない預金(20円)を持っています。
二人合わせても120円しか持っていないので、将来、父母が死亡しても相続税はかかりません。

岡田妻、平畑家に相続対策が必要かどうか考える

 私には2つの心配がありました。それは、1.私自身お金を持っていないので病弱な平畑弟の老後を支えられないこと、2.両親、特に平畑母が何となく頼りないことです。
 これは平畑父も同意するところであり、相続対策の条件が2つ定まりました。
条件1;できるだけ多くの財産を平畑弟に遺す。
条件2;平畑父死後、平畑母に介護が必要になったときに、平畑弟が財産を自由に動かせるように、平畑母にはあまり多くの財産を相続させない。

 私はまず、平畑父が平畑母より先に死亡した場合について考えました。
 平畑母の判断能力がキープされている場合、3人で自由に遺産分割協議が可能です。
 しかし、もしも平畑母の判断能力が低下した場合、平畑母に成年後見人を付さなければならなくなる可能性があります。成年後見人は平畑母の権利を守るために法定相続割合にどおりの相続(50円)を主張するでしょう。この場合、問題が3つ生じます。
問題点1;条件2の「平畑母にはあまり多くの財産を相続させたくない」が叶わない。
問題点2;住まいが必ず共有になる。
問題点3;もし、専門職成年後見人が付された場合、平畑母が死亡するまでかなりの額の報酬を払わなければならず、平畑弟に遺す財産が大きく減ってしまう。(専門職成年後見人の報酬は財産の額によって家庭裁判所が決めます。相場を検索されてみた方が良いかもしれません。)

 問題点2についてはご存じの方も多いと思います。平畑母と平畑弟が住まいを共有する場合、将来、平畑弟が「母を介護施設に入れ自分は小さなあばら家に引っ越したいので住まいを売ってまとまったお金を欲しい」と思ったとしても、平畑母に成年後見人が付されていなければ、事理弁識能力がないので契約は無効になりますし、成年後見人が付されている場合は家庭裁判所の許可が必要になるので売買予定を立てにくくなります。
 なので、
条件3;住まいの共有は避ける。

 問題点3については、平畑弟が平畑母の成年後見人となり、遺産分割協議の時だけ特別代理人に入ってもらえば回避可能ですが、家庭裁判所が平畑弟の「かなりの病弱人生」をどう評価するか判らないので、平畑弟が平畑母の成年後見人になれるか分かりませんし、平畑弟を傷つけることにもなりかねず、平畑父は平畑弟を成年後見人にする考えを捨てることにしました。
 よって、平畑家の相続対策に条件が加わりました。
条件4;成年後見制度の利用は極力避ける。
条件5;平畑弟に肉体的精神的負担をかけない。

 次に、私は平畑母が平畑父より先に死亡した場合について考えました。
 この場合も、平畑父の判断能力がキープされている場合、3人で自由に遺産分割協議が可能です。
 しかし、もしも平畑父の判断能力が低下した場合、平畑父に成年後見人を付さなければならなくなる可能性があります。この場合も、専門職成年後見人が付されてしまった場合は報酬が発生します。預貯金が減ってきて住まいの売却を考える場合、住まいの所有者である父が重度の認知症で成年後見人がいない場合は、事理弁識能力がないから無効になりますし、成年後見人が付されている場合は家庭裁判所の許可が必要になり、売買予定を立てにくくなります。

 もし、平畑父が「住まいの全てを平畑弟に相続させる」という趣旨の遺言を書いたらどうでしょうか。
 確かに、共有の問題は解決できます。しかし、動産の遺産分割協議が始まったら平畑母に成年後見人などが必要であることに変わりなく、条件2,4についてはクリアできません。また、もし、専門職成年後見人が付された場合は条件1もクリアできません。

平畑父母は相続対策なんて必要ないと思っていた

 ここまで説明したところで、平畑父は「えっ?」という反応でした。
 平畑父母は、「うちは財産ないし、子供たちは仲良いし、親に優しいし、がめつくない」と思い込んでいたから、何の対策も必要ないと思っていたのです。ですが、専門職成年後見人の報酬のことは思いもよらなかったようで、専門職成年後見人に10年お世話になった場合の出費見込みにびっくりしていました。

 数週間後、母が「私は自分の預金をお父ちゃんでなく子供たちに1:1で遺したい、認知症になったら知らない人のお世話になんかなりたくない、息子に見てもらいたい」と言い出しましたので、これも平畑家の相続対策の条件に加えることにしました。

 最後に、平畑家の相続対策条件を改めてリストアップしましょう。
条件1;できるだけ多くの財産を平畑弟に遺す。
条件2;平畑父死後、平畑母に介護が必要になったときに、平畑弟が財産を自由に動かせるように、平畑母にはあまり多くの財産を相続させない。
条件3;住まいの共有は避ける。
条件4;成年後見制度の利用は極力避ける。
条件5;平畑弟に肉体的精神的負担をかけない。
条件6;平畑母は自分の預金を平畑弟と岡田妻に均等に遺したい。
条件7;平畑母は自分に平畑弟以外の成年後見人が付されるのは絶対に嫌。

 私は平畑家の相続対策の条件を平畑父母と共有したので、次に、今流行りの民事信託を勧めることにしました。
 続きは次回。

岡田妻が行政書士として思うこと

 世の中の多くの方は平畑父母と同様に、「うちは財産がないから、仲が良いから相続対策は要らない」と考えているのではないでしょうか。また、相続対策が必要かどうか分からない、という方もいらっしゃるでしょう。確かに「こうゆう内容で公正証書遺言を作りたい」と明確なプランを持ってご連絡くださるお客様は多いです。ですが、「相続対策が必要かどうか分からないから、そこから相談したい」と士業に相談されても全く問題ありません。お客様は、遺言や契約書の作文の部分のみに士業の報酬が発生するとお考えになっているのかな、と思うことが多々あります。ですが、士業は作文の前段階の知識習得にも投資しています。そして、相続の知識は訊いた方が早いのです。
 もし、相談したいのだけど何を相談したら良いのか分からないから相談できない、という方がいらっしゃりましたら、まず、あなたの1.人の財産、2.物の財産、3.組織の財産、4.心の思うところを整理して、相続・遺言を掲げる事務所に相続対策が必要かどうかの相談を依頼してはいかがでしょうか。