平畑父遺言を書く4 財産の分配を考えた
(お断り 本連載は事実を元に作ったフィクションです。)
岡田事務所に戻った岡田妻は、両親の意向に沿うように、財産の分配を考えることにしました。
考慮に入れることは、下記のとおりです。
- 平畑弟にできるだけ多く相続させる。
- 念のため、平畑母が将来認知症になり外部の成年後見人や特別代理人が選任された場合に、遺留分の主張があっても良いように、平畑母の遺留分(1/4)を確保する。
- 先に平畑母が死亡した場合、平畑母の財産の一部は平畑父に相続されるが、平畑母の財産が最終的に平畑弟と岡田妻で均等に分け合うことになるよう調整する。
- 岡田妻の遺留分は敢えて取り置かない。自分の自制心を信じる。
- 平畑父の財産は、古い住まい(52円)と預貯金少し(45円)とお遊び程度の株(約3円)。
- あまり複雑な遺言にすると平畑父母が理解できないので、できるだけシンプルな遺言にする。
可視化した方が分かりやすいので、まずは、横線を引いて考えることにしました。
平畑父、図にして説明しましたが、大分混乱したようです。もっとも、この図を描いて説明した岡田妻も大分混乱しました。
岡田妻:これで母さんの希望通りの分配になります。母さんの財産の中に平畑父の遺留分を確保しました。法定相続割合と異なりますので、母さんも遺言を書いてくださいね。
平畑母:私の財産の配分なのに、どうして遺言なんて面倒なもの書かないといけないの!私は絶対に嫌です。
岡田妻:そうは仰っても、母さんの死後、銀行口座を解約するときに、銀行さんとしても、預金の分配の法的根拠が無ければ安心して解約させられないでしょう?それに、もしも父さんが先に死亡していた場合に遺言がなければ、欲に目がくらんだ私が「弟と私で1:1で分け合うように」と主張することもできてしまいます。
平畑母:それでも嫌です。何で私が書かないといけないの。あなたたちが仲良く分けてくれればそれでいいじゃない。
今まで岡田妻が平畑父との遺言の相談に来ていたことは、平畑母にとって他人事だったのです。
平畑母の想定以上の反発に、岡田妻は、もしも平畑母を公証人の前に連れて行った場合、「私は遺言を書くことに納得いかない!」と言い出しかねないと思いました。
説明を終えたところで、岡田妻は平畑父に「財産の詳細を確認したいので、通帳と課税明細書を見せてくれませんか?」と頼みました。岡田妻が通帳を開いて電卓を叩いたところ、聞いていた大まかな財産内訳と異なることが判明しました。父よ…。今度から財産は最初にきちんと確認しようと思いました。
遺言能力のこと
ここまで、真面目に読み続けられた方がいらっしゃるかどうか分かりませんが、「平畑母はちょっと頼りないのではないか?」と思われた方もいるかもしれません。
遺言能力、つまり、その人が一人で有効な遺言をする能力の要件は、年齢については15歳以上(民法961条)、遺言内容を理解し、自分のした遺言がどのような効果をもたらすのか理解することができる意思能力を持つことが必要です。
成年被後見人の場合はどうでしょうか。民法973条では、
(1項)成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
(2項)遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。
と規定しています。
このように、意思能力が十分にあれば、認知症で普段は事理弁識能力が十分でなくても一時的に回復が見られたときは、要件を満たせば遺言を作成することができます。
ただ、遺言により損を被る人がいる場合などは、遺言者の死後、裁判になりやすいことも事実です。遺言能力があるかどうかは、診療記録や遺言時や普段の生活時の録画記録、当時書いた文章などを元に争われるそうです。
また、遺言者の事理弁識能力が若干低下してくると、単純な遺言なら理解できるのですが、複雑な遺言は理解しづらくなります。さらに、公証人の前で緊張して頭が真っ白になることもあり得ます。遺言内容を説明できなければ、公証人は公正証書遺言を作ることができません。
公正証書遺言を作れないとなると、自筆証書遺言を作成するしかないのですが、こちらも、早めの対応をお薦めします。平畑母には、「自分の財産はこう分けてほしい」という強い希望があるのですが、面倒くさいことはしたくないのです。さらに、遺言プランが上記の図のように若干複雑なため、岡田妻が行く度に説明することになります。時間を掛けて説明されれば理解するのですが、お気楽な性格ゆえ、「解ったからまた今度書くね、スーパー行ってくる」と、その日の打ち合わせを終了してしまうので、今までペンを取ったことは1度しかありません。唯一書いたその時も、「大事な遺言なのに字が汚くて気に入らないから今度また書く」と言い、破ってしまいました。
ご家族に遺言を勧めるのであれば、早めの対応をお薦めします。